一般質問最終日の攻防 その3 議会報告会のあり方
市長は議会報告会での議員の発言方法にも苦言を呈した。
市長 「出席した議員の個人としての発言には制約があるそうで参加者からの質問の内容によってはその場での回答は控えるべきであってあらかじめ決められた以外の発言をしてはならないとされているように聞いています。しかしこれでは議員はロボットになってしまいます。それぞれの議員がどのような考えを持っているのか市民はそのことにも関心があり知る権利があります。」
下瀬 「個人の見解を述べちゃいけないという決まりは何もありません。ただ議員定数削減の時にですね40なんか所各地域の懇談会をやりました。この時にですね確かにこの議員個人の発言についてですね少し控えようじゃないかと言う申し合わせはありました。これはその時の特定の問題だけです。」
■議会報告会での発言ルール■
市長の指摘通りの発言ルールが暗黙のうちに存在していたと言える。
一方で下瀬議員の言うことも間違いとは言えない。
この発言方法については議会報告会実施要項にも記載はされていないが、数回の議会報告会実施後に一定のルールを確認した。
そのルールとは極めて常識的なことで、委員会の報告を行なう担当者は議会での客観的事実のみを報告し、自身の考えを述べてはいけないという一点のみである。
理由は簡単で委員会報告は委員会での審議の経過とその結果のみを報告するものであり、報告者の意見を述べる場ではないかである。
■曲解されたルール■
ところが、それがいつの間にか報告会ではどの場面においても自身の意見を述べてはいけないという風潮に変化したように思う。
これは議員からすると有権者から非難されかねない賛否の理由や議案などに対しての考え方を述べる必要がないのでリスク回避にもなり都合のよい解釈となる。
しかし、そんなルールは存在しない。と言うより自己都合によりこのような身勝手なルールで運用してしまうと市長の言うように市民の知る権利を侵すことにもなりかねない。
■議員の考えを述べることは可能■
と言うことで、議員は自身の考えを述べることができる。それどころか自身の考えを述べなければならない。
議会は多様な意見のぶつかり合う場で賛成があれば反対もある、そしてそれぞれにはそれぞれの理由がある。賛成した議員が全員同じ理由で賛成したとは限らないし、反対も同様である。
また、市政運営についてもそれぞれの意見や考え方があるはずだ。
議員個人個人が自身の得票において議会に存在するのだから個人個人に説明責任が生じることは当たり前のこと。
この様に当たり前のことを、議会ではこの一般質問の後、委員会で個人の意見を述べるべきかそうでないのか協議をしていると聞く。
■報告会の目的■
3年前に議会報告会を条例に位置付けた時は、市民に対して議場を飛び出し、議会の報告を行うことに主眼を置いた」。
しかし、回を重ねていき、参加者の表情を見ていると議会報告会は単なる報告の場だけに終わってはいけない事がわかってきた。
議会報告会は議会が用意した題材についての一方通行の授業型では参加した市民は全く面白くない。
市民には用意された題材以外に多くの疑問や不満がある。また、自分たちが選んだ議員の考え方や賛否に興味がある。
それらを充足させることも報告会の使命であり、上段に構えて報告を繰り返すことは終わりにしなければならない。
もちろん議会や議員個人に対する誹謗、中傷を容認しろと言うことではない。切って捨てたり無視するのではなくて、そんな市民とも堂々と議論をしたらいい。
議会が報告会開催にあたって考慮すべきは住民のニーズであり、議員の都合ばかりを優先させては意味がない。
発展途上にある議会報告会を先進的なものにするには、参加した住民はもちろんのこと参加していない住民の意見にも耳を傾け、議会報告会のあり方を真摯に考えることだろう。
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